サッカーが好きなお父さん

バイクで北海道一周⇒本州縦断

ここでは、「バイクで北海道一周⇒本州縦断」 に関する記事を紹介しています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
まとめ 1993年バイクで北海道一周→本州縦断

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

12年も前の事ながら(2005年にブログに初めて公開した)、日記を付けていただけあって、結構記憶に残っていた。
色々な所に旅行に行ったけど、日記を付けたのはこれだけ。
普段は日記なんて付けやしない。
でも今思うと、ワールドカップの観戦のときなんかも付けておくんだったなぁって思う。

そんな話はいいとして、この度でのまとめ。

旅行日数 15日

出費 70,000円 (90,000円→20,000円(想定))

平均出費 5,000円/日

合計走行距離 4,400km

平均走行距離 314.3km/日

一日の最長走行距離 445.5km(北海道内)

平均燃費 約40km/L


後半は台風の影響で宿代などの出費がかさんだが、一日約5,000円の極貧旅行だった。
いろんな人にお世話になったおかげで、出費は抑えれたものある。

走行距離も伸び、毎日東京→名古屋間を走っているようなもんだった。
でも北海道は信号が少なく、以外に距離は走る事が出来た。

こうして記事を書いていると、もう一度北海道をバイクで一周したくなった。
会社を引退したら、行こうかなぁ・・・



最後にお世話になった方の紹介


友人の吉永

道を教えてくれた多摩ナンバーのBAJAに乗った28歳の人

日の出キャンプ場でのトン汁くれたおばあちゃん

ジャガイモを揚げたものをもらった千葉商科大ののSRXに乗った人

スピード違反で捕まえてくれた警察

網走刑務所前のカニ屋のおばちゃん

富田林市の南川一也さん

CORONAに乗った中部大3年生の人

千葉の浦安の19歳の料理専門学校生

焼き肉、ヤキソバをご馳走してくれた札幌のお肉屋の家族

倶知安のコンビニで会ったトラックの運転手

福島から来た2人組

岡山出身、茅ヶ崎在住の保母さんの25歳の早瀬伸江さん(宿に居候させてくれた)

福島出身の車用品の会社勤務の27歳の木村さん

浜松出身の元自衛隊、セキスイハイム勤務の25歳の杉浦さん

新潟出身の19歳の専門学生のレッドバロンでバイトしている人

青木さん、柴田さん、牧田さん、せり田さん、石原さん(23歳~25歳の医大生とOL)

青森出身のセローに乗った人とその家族(1泊させてもらった)

栃尾市で道を教えてもらい、ラーメンまでご馳走になったご家族



みなさんに感謝します。 (完)
スポンサーサイト
8月14日(土)  雨のち曇り

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

結局国道8号線まで戻らないと分かりにくいということで、来た道を戻る。
っていうか、来た道も良く分からなかった。
なんとか国道8号線まで行き、その後は順調に長野へ。
日付はいつの間にか変わり、8月14日。


長野では見慣れた場所に来た。

それは


飯山国際スキー場】
の近く。


昨年も来た、一昨年も来た。
そう2日後に来る大学のサッカー部の合宿地。

このままここに居たい。
でも今持っているものは不要。
必要な物は下宿。その前に実家に帰らなくては。

とういことで残念ながら、青森を出てから初めての見慣れた土地とはサヨナラ。

今何時なんだろうか。
ひたすら走っている。
休憩の頻度も多くなってきた。
かなり疲労がたまっている。
もう青森から1000kmくらい走っただろうか。

すると雨が・・・

ちょっと長めの休憩をしたが、やむ気配なし。
カッパを着て、再出発。

国道19号線を走っていた。
ここはもう見慣れた土地、昨年のスキーの時にここを通ったなあなんて思って走っていた。
ああもうすぐ家だと思っていた矢先、

バイクで居眠り運転してしまった。


左は山、右は川。
激突か転落かのハザマで目を覚ました。
しかも目の前はカーブ。
道路は降っている雨で濡れていた。
最悪の状態だったが、頭は寝ていても体は動いた。


なんとも無く切り抜けれる事ができたのは幸いだった。
これはやばいとバス停のベンチで少し横になった。
まだ周りは真っ暗。
蚊が寄ってくる。でも蚊にも抵抗できない。
ベトベトのヘトヘト状態。

やがて小雨だった雨も止み、辺りが明るくなってきた。
30分くらい横になっていただろうか、出発することにした。

この後はゆっくりと休憩を取りながら、無事帰宅。
青森を昨日の10時に出て、実家に到着したのが、朝10時。

24時間走行。1000km以上の道のりだった。
とにかく疲れた。
何もせずにとにかく眠る・・・
8月13日(金)  晴れのち曇りのち雨

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)


すると看板に長野の文字が出てきた。

"あーやっと来た事のある場所に近づいてきた"

と正直ホッとした。

しかしこの頃にはあたりは日が暮れていた。
バイクのヘッドライトに蚊だろうか、無数の虫が群がっていた。

ここからが間違いだった。


"長野"の文字を見て、適当に国道8号線を逸れ、別の道へ。

ひたすら走ってはいたが、看板を見ても見慣れない地名ばかり。

"おーい、長野はどこだぁ!"

でも後戻りするのが、嫌いな俺はひたすら走る。
山の中まで来てしまった。

完璧に道に迷った。

道の看板はあるが、知っている地名なんてありゃしない。
青森の人のところで見た地図を頭にインプットしただけの地図。
そりゃ迷うはっての。

コンビニを探せどなし。
時間も11時を過ぎ、人は居ないし、民家も少ない。
30分くらい走り回っただろうか。

人がいた!

「すいません、道を教えて下さい。」

との問い掛けに気持ち良く教えてくれた。
しかし土地柄も分からず、チンプンカンプン・・・

見かねたその人は地図を持ってきてくれた。
その人は役場関係で働いているらしく、土地の地図をくれて説明してくれた。

その時いた場所は

【栃尾市】

まだ新潟県だった。
このまま進んでいったら、群馬に向かうところだったとのこと。
危なかった・・・
実感した。
新潟は南北に長い県だなあと・・・

道を教えてもらっている最中にその人がこう言ってくれた。
「良かったら、詳しく説明するから、うち上がりなさいよ」
と。

深夜の立ち話も妙だったので、うちにお邪魔することに。
家にあがると、フジテレビのプロ野球ニュースがやっていた。(どうでもいい話だが)

すると奥さん(道を教えてくれた人)は、
「お腹すいてる?ラーメンでも作ろうか?」
と言ってくれた。
という事でご馳走になった。

しかも
「なんだったら、こんな時間だし泊まっていったら?」
などとも言われたが、時間のない僕はそれは遠慮した。
(多分時間があったら、泊めてもらっていただろう。)

1時間くらいお邪魔していただろか。
日付は変わっていた。
お腹も一杯になり、道まで聞いてバッチリになって、その人の家をあとにした。

(ここでまた忘れた!住所氏名を聞く事を!)
8月13日(金)  晴れのち曇りのち雨

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

暖かい布団で寝て、気持ち良く目覚めた。
しかも当然(?)ながら朝食つき。
まさに至れり尽くせり。

青森の方の家族に見送られながら、10時に出発。
向かうは愛知の実家まで。
直線距離で約800km。走行距離だと最短でも1000kmくらいだろうか・・・
気が遠くなる・・・

でも前に進まなくては、家に着かない。
しかし残金は残り20,000円弱。
下道で帰る事にする。(っていうか高速使う気なし)

ちなみに予定外の行動で地図もなし。
方向感覚だけを頼りにバイクを走らせる。

青森ではねぶた祭の時期だったのか、飾り物がいっぱいしてあった。
時期が良ければ、見れたのになあ。

青森からまずは秋田に向かう。
田沢湖で昼休み。
名物なのだろうか"うどん"を食べた。
しかし束の間の休息。
すぐにバイクを走らせる。

青森から秋田と内陸部を走ってきたが、山形に入る頃には海の近くを走っていた。
見慣れないナンバーの車ばかり。
"庄内ナンバー"なんて初めて見た。

以外と道に信号が無く、新潟まではスムーズに来た。
これは順調だなあと思っていた。
今日中には家に着くのではなんて甘い考えもあった。

新潟に入ったくらいからだろうか、国道7号線をひたすら走る。
その後国道8号線へ乗りかえ、またひた走る。
8月12日(木) 曇り時々晴れ時々雨

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

9時起床。
10時過ぎにごくらくとんぼを出て、恵山岬へ向かうが霧雨みたいなのにあい、BACKする。

函館に戻り、カッパを忘れたことに気づき、ごくらくとんぼに戻る。
そして大沼、小沼の方に行こう少し思ったが、フェリー乗り場へ。

その前に本屋に寄って、サッカーダイジェストを買い、フェリー乗り場でそれを読みながらキャンセル待ちをした。
待つこと1時間半くらい。
乗船することができた。

2等の料金で、2等寝台に乗る事ができたラッキー!(出発4:10)

隣の人は青森出身のセロー(兄貴のやつだそうだ)に乗った人は10日に来て、12日に帰るという短い日程で来たそうだ。
少し話をして、船内をぶらつき、サッカーダイジェストを読んだりして時間をつぶす。

その後少し眠る・・・

(ここからは日記に書いていないので、思い出をさかのぼって書いています。)

起きたあと、その青森の人と話がはずみ、その日の夜の泊まるところの話になった。
当然行き当たりばったりの僕は宿など決めていなく、港で野宿でもと考えていた。
すると彼から

 「うちに泊まりに来る?」

と言われた。
断る理由もなく、遠慮なく泊めさせていただいた。
夕食ももちろんごちそうになり、酒まで振舞ってもらった。

今日も人の温かみを味わった一日だった。




(出費)
 不明

(残金)
 不明

(総距離)
 不明 

(走行距離)
 不明 (100km程度)

(燃費)
 不明

(行き先)
 函館近辺→函館のフェリー乗り場→青森フェリー乗り場→セローの人の家


<コメント>

函館では疲れがたまっていたこともあり、その後の事も考えてあまり行動できなかった。
とても残念だ。

しかももっと残念なのは、お世話になった青森の人の住所、氏名を控えてなかったこと。
その後のお礼も出来ず・・・

それにしても色々な人にお世話になった。
それにはとても感謝しています。

残りはあと一日分。
これも日記には未記入。
ずごく悔やまれる。
だが記憶をさかのぼって・・・
8月11日(水) 雨

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

今日は台風7号の影響で朝から雨。

9時起床。
10時にチェックアウトの予定が少し遅れて出る。

その前に今日の宿を早瀬さんからもらったとほというので調べ、予約をした。

そしてホテルを出て、みんなで写真を撮る。

誰が言ったかは知らないが、地球岬へ行くことにした。

強風の中辿り着くと、さらにすごい強風。
写真を撮り、もうすぐみんなとはお別れ。

まず杉浦さんは千歳へ行くとか。
そして木村さんは洞爺湖、早瀬さんは日高に行くとのこと。

『気をつけて!』

の挨拶を交わし、俺は函館に向かう。

室蘭を出て、3時間くらいで長万部に着き、休憩をする。
そこで知り合った新潟の19歳の専門学生でレッドバロンでバイトをしている子と知り合い共に函館に向かうことになる。

途中自転車で来た人と話をすると、鹿児島から20日くらいかけて来て、苫小牧の実家に帰る予定だと言う。
台風と共に北上してきた彼は、台風と共に北へ。

次に休憩した所で、福岡出身の神奈川県在住のCB750に乗った人と知り合う。
新潟の彼はその人と色々バイクのことを話していた。
彼の詳しさには脱帽。

函館に入り、彼はフェリー乗り場へ。
俺は函館山の方へ。

別れの挨拶をし、今日の宿ごくらくとんぼへ。

着くと普通の民家みたいなところにある。
料金は2500円と安く、俺にはとてもうれしい。
建物自体はきれいではないが、こういう感じはとても好きだ。

市内の説明を聞き、アンケートみたいなのを書いた後、飛行機で来た5人(4人の医大生と1人のOL)と共に温泉へ。

温泉の後は食事へ。

その後5人と共に、外人墓地へ。
そこで写真を撮り、送ってもらう約束をしたが・・・
【未だ届かず・・・っていうか忘れられた。】

5人は青木さん、柴田さん、牧田さん、せり田さん、石原さんの23歳~25歳の女性だ。
とてもいい思いをした。

その後散歩をしながら、帰り寝る。(11:30分頃)


(出費)
 宿 2500円
 食費 1204円
 風呂 300円

(残金)
 32799円→28795円

(総距離)
 8640.4km

(走行距離)
 145.5km

(燃費)
 ×(給油なし)

(行き先)
 室蘭→長万部→函館


<コメント>
台風は予想以上にすごかった。
強風の中の走行は予想以上に疲れた記憶が残っている。

それにしても木村さん、杉浦さん、早瀬さんにはお世話になった。
木村さんには当時勤めていた会社か何かのバイクのステッカーをもらってバイクに張った覚えがある。
もうみんな40歳近くなってるんだなあ。

この日の宿のごくらくとんぼ
ネットで調べたところもうやっていないらしい。
お笑い芸人の"ごくらくとんぼ"の名前には関係ないかな?
確か北海道出身だったけど。

5人の女性との函館の夜。
なかなか良かった。
写真が来なかったのは、とても残念だったけどね。
確か静岡の人たちだったかな?
もう一泊くらいしたかったな。

でもこの時点で、帰るリミット(大学のサッカー部の合宿の初日の8月15日)まであと残り4日。
かなりやばい状況。
行きのフェリー乗り場の小樽まで戻っていては、間に合わない。
しかも盆休みの最中。
チケットも取れないかも・・・
ということで函館から青森までフェリーに乗ることを決断する。
8月10日(火) 曇りのち晴れのち曇りのち雨

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

6時半起床。
7時半頃昨日の家族にヤキソバをごちそうになる。
コーンスープももらってっと。

朝食後すぐにテントをしまって、家族に"ありがとうございました"のあいさつをして出発。

札幌へまず行き、羊ヶ丘展望台へ。
途中道に迷い、出てからも道に迷ってしまった。

市内では交通量の多さにまいってしまい、時計台へ行っただけで早々に去る。

つづく小樽も見るのは運河くらいのもので、西に向かい洞爺湖へ行く。
途中、倶知安のコンビニで会ったおじさんは親切に交通量の少ない道を教えてくれた。
"どうもありがとう"

羊蹄山を西から回り、ニセコ方面から向かう。

洞爺湖では展望台から眺め、温泉街で泊まろうとしたが、登別まで頑張ることにする。

昭和新山元気のいいところ(煙をあげている)を右に見ながら、オロフレ山に入った途端すごい霧。
前方が50mくらいしか見えない。
たまらなかった。

20km近く霧中を走り続け、登別に着いたはいいが、10件近く行った宿はどれも満員。
あの家族(焼肉、ヤキソバをごちそうになった家族)に比べ、人がとても冷たかった。

市街の方に出てコンビニに寄ると、俺と同じような2人がいた。
そこで彼らに声をかけ、同行させてもらった。

福島から来た2人は函館へ向かうという。
まあついて行こうと室蘭で休憩すると、同じようなひとがわんさか。

そこで他の集団に合流。
福島の彼らとはお別れ。

そこで知り合った女性の早瀬さん(岡山出身、茅ヶ崎在住、25歳)の宿に他の二人、
木村さん(福島出身、27歳)杉浦さん(浜松出身、25歳)と共に泊めてもらうことにした。

宿に入り、風呂に入り、酒を飲みながら色々と話をする。
木村さんはバイク、車用品の会社に勤め杉浦さんは元自衛隊員で現セキスイハイムに勤め早瀬さんは保母さんをしているということで人それぞれ。

今日は洗濯もして、すっきりして朝を迎えれるが明日は雨だ。

いやだなあ・・・


(出費)
 食費等 2672円
 洗濯 400円
 ガソリン代 1293円
 宿代 3399円

(残金)
 40563円→32799円

(総距離)
 8458.9km

(走行距離)
 419.0km

(燃費)
 41.21km/L

(行き先)
 支笏湖→羊ヶ丘展望台→札幌市内→小樽→洞爺湖→登別→室蘭



<コメント>
この日は人の優しさと冷たさを実感した日だった。

朝は朝食をごちそうになっていい思いをして、登別では門前払いばかり。
というのもこの日日記には書いていなかったが、

大型台風が北海道に向かっていた。
そのため登別で急遽宿を探すことにしたが、どこも冷たくあしらわれた。

最後の方なんか、
『廊下でもどこでも良いから、雨をしのがしてくれ』
って頼んだのに、ダメだって。
外は大雨降っているのにだよ。
なんて奴らだって思ったよ。

その後雨の中2時間くらい走り回り、やっと出会った早瀬さん。
女神のように見えました。
女性の中に見知らぬ男3人。
よく泊めてくれたなあ。

というように人の暖かさ→冷たさ→暖かさを味わった面白い一日でした。
ついでに"天気も曇りのち晴れのち曇りのち雨"と妙な一日でした
8月9日(月) 曇りのち晴れ

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

7時起床。
スニッカーズ(このツーリングでは良くお世話になっている)を食い、その後すぐに出発の支度をし出発(8:40)

帯広を出て、南へ南へ襟裳へ。

11時半、一度も休憩せず約120km3時間近く乗りつづけ、襟裳岬に到着。
そこでツブラーメンを食う。
ツブラーメンの"ツブ"とは、店の女性のアルバイトらしき子に聞くと、ツブ貝の"ツブ"だそうだ。
当たり前か。

襟裳岬はいかにも寒そうだが、まだ宗谷岬に比べれば甘すぎるってところ。

12時過ぎ、襟裳を出て苫小牧へ向けて出発。
給油、休憩、腹ごしらえなど何度か休みながら北西の方向へ向かう。

三石町、静内町の辺りでは競走馬の牧場がたくさんあった。

4時近くになって、苫小牧に着く。
昨日はひどい目にあったし、今日は早めに休むとするかということで、支笏湖畔のポロピナイキャンプ場に決めた。
早速そこへ向かう。

途中でネズミ捕りをやっているのを目撃。
あやうくまた捕まるところだった。

6時頃到着。
テントを張り、飯の準備をしていると、近くの家族連れの人が

『一緒に焼き肉食べませんか』

と声をかけてくれた。

うれしい一言。

『遠慮なくいただきます』

とご飯が炊けるのを待って、ごちそうになりに行く。
いろんな話をして、久々の肉をほおばる。
ついでにトン汁もいただく。

おいしく食べていると、さっき近くの売店で

『バイクはここにこう並べるんだ』

と命令してきた札幌市在住の自転車おじさんがやってきた。

『おいしそうですね』

と家族の方に声をかけると

『一緒にどうですか?』

と返事をすると

『それでは!』

とおじさん。

酒を持参し、飲み始めたが最後、しゃべる、しゃべる・・・。
いろんな事をベラベラと。
おまけに俺には

『飯の時は帽子は取るもんだ』

と説教された。
腹一杯になり、ジュースまでもらって色々な話をしているうちに旦那さんの方から

『早くテントに帰った方がいいよ』

と小声で。
続いて奥さんからも同じような言葉が。
しばらくして

『ごちそうさまでした』

と言い、テントに戻る。
明朝ヤキソバもご馳走してくれると言ってくれた。
とてもありがたい。

本当に色々どうもありがとうございました。

そうこれを書いている最中もおじさんはベラベラしゃべっている。
人の良い夫婦みたいでまだ相手に付き合わされている・・・。


(出費)
 食費 1641円
 ガソリン代 1166円

(残金)
 43370円→40563円

(総距離)
 8139.9km

(走行距離)
 338.3km

(燃費)
 40.54km/L

(行き先)
 帯広→襟裳岬→三石、静内町→苫小牧→支笏湖


<コメント>
北海道のネズミ捕りの多い事。
運が悪ければ、これまででも4回くらいは捕まっていただろう。
実際に1回捕まったんだけどね。

それにしてもこの3日間は良く走った。
その日338.8km、前日、前々日は400kmオーバー。
毎日東京から名古屋まで運転しているようなものだ。
でも北海道は実際距離が伸びる。
気持ちいいからついつい走ってしまう。

実際残り時間が少ないこともあったけどね。

それにしてもキャンプ場の夫婦は良い人だった。

一人寂しく食事しようとしたら、焼き肉ご馳走してくれるなんて。
しかも翌朝の朝食付。
確か札幌市内でお肉屋さんをやっているとのことだった。

実際一人旅はいろんな人から、声をかけてもらったり、食事ごちそうになったり、他にもこの後良い思いをした。
この旅で一人旅の良さを痛感しました。
8月8日(日) 晴れ時々曇り

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

6時起床。
いつもと同じように朝食を食い、テントを片付け出発。(8:20)

いざ摩周湖へ。
少し道に迷ったが、なんとか到着。
霧ははっていないようだ。

次に目指すは硫黄山。
煙がもんもんと立ちこめ、臭いニオイもたまらなかった。
昼飯兼用でとうもろこしを食い、次の屈斜路湖へ。

屈斜路湖では砂場というキャンプ場から見てみたが、どうもイマイチ。
ここでヨンパイとは別れ、一人で美幌峠へ。

美幌峠からの眺めもすばらしい。
クッシーは見えなかったが、とてもすばらしい景色が見えた。

その後阿寒湖に戻り、アイヌコタンとかいう所を周る。
ここで好きな女の子へのプレゼントのマリモを買い、ブラブラ土産ものを見る。

次にどこに行こうかと検討したが、糖然湖、然別湖というのが帯広の北の方にあり、行くことにする。
今日のキャンプ場は帯広の北のサルトシナイ(実際はオサルシナイでした)キャンプ場なので少しくらいは遠回りしてもいいやと行くことにする。

二つともたいした事の無い普通の湖だった。

その後今日のキャンプ地に向かうが日が暮れてきた。
まずい急ごうと思いとばす。

近くまで来て、スーパーの人に道を教えてもらう。
まだかなりあるらしい。

日が暮れた。

途中ジャリ道を走っていくが、何もない所に来てしまった。
民家が1,2軒あるくらい。
その民家で道を聞こうとするが、人が出てこない。

まいった…

続いてホテルで聞くと、すぐ近くとの知らせ。
聞いた通り行くと、林道へ。
東海自然歩道のごっつい版(どんな例えだ)みたいな道をひた走る。

バイクのヘッドライトが曲がっていて、視界がものすごく悪い。
多量の荷物、暗闇、林道…
嫌な条件が重なった。
クマが出てきたら…転んだら…そんな事を考えると生きた心地がしない。



片道10kmくらい走ったか…

行き止まり、ガーン!

キャンプ場はどうやらすでに閉鎖されて使われていないようだ。
また来た道を舞い戻る。

すげーこえー。

わき目もせずに走る。
30分近く走ってやっと人気の全然ない舗装道路へ。

とにかく街に向かう。

そして帯広市内の十勝川河畔にねぐらを決め(9:00過ぎ)、テントを張り、焼きそば2人前を食って眠る。


(出費)
 食費、その他 1283円
 土産 1000円
 ガソリン代 1038円
 駐車場代 100円

(残金)
 46791円→43370円

(総距離)
 7801.6km

(走行距離)
 419.7km

(燃費)
 40.29km/L


(行き先)
 阿寒湖→摩周湖→硫黄山→屈斜路湖→美幌峠→阿寒湖→糖然湖→然別湖→オサルシナイキャンプ場(?)→十勝川河畔


<コメント>
日記には書いていないが実はこの日の夜も南川さんと合流予定だった。
しかし道に迷ってしまい、会えなかった。
後日南川さんとの手紙でのやりとりで、実はオサルシナイキャンプ場はあったらしい。
僕が道に迷ったようだ。
当時地図を持って行かなかった僕は、そこまで調べれなかったのだ。
当然携帯などの連絡手段はなく、その後南川さんとは会えなかった。

美幌峠の景色が良かったのは印象に残っている。
ただ林道での気持ち悪さはそれを打ち消すのに十分な怖さだった。
とにかくライトが傾いていて、前が見えない。
それを調整するには場所が悪すぎた。
一度止まって、エンジンを切ったら真っ暗。
何も音のない世界。
しかも森の中。
いつにもケモノが出て来そうだった。

転んでもいいやってな感じでひたすら走った。
とにかく精神的にも疲れた。

夜のネグラでは日記には書いていなかったが、テントの外でゴソゴソという音が…
ひと気のない所。
今度こそ本当にクマが出たのか?と思ったが、キタキツネの親子が焼きそばのニオイにつられて来たのだった。
あー寿命の縮まる一日だった。
8月7日(土) 晴れ

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

8時起床。

朝の開陽台の眺めもまたすばらしい。

今朝は朝食抜きで紅茶を飲んだだけ。
少し辺りを散歩して、テントをしまって出発。

浦安の彼とはここでお別れ。
富田林市の"ヨンパイ"(当時のバイト仲間のあだ名)こと、南川一也さんとは今日も同行。

開陽台を出て、南東の根室へ。
はぐれた時のために、今日のキャンプ地を阿寒湖に決めて出発。

昼頃根室に着き、市街地では何もすることがなく、納沙布岬へ。
ここで写真を撮り、今度は霧多布へ向けて出発。
霧多布では霧多布岬に行き、琵琶瀬展望台に行く。

次に目指す釧路に向けて、44号線乗る。

釧路では釧路湿原を左に眺めながら、北へ北へと向かいサルボ展望台へ。
展望台では、シラルトロ湖をバックに写真を撮る。
そして出発。

もう5時過ぎ。
早くしないと阿寒湖に着くまでに日が暮れてしまう。
とか言いながら途中標茶のコンビニへ。
そこのバイトの女の子は、遠視のメガネをかけていたけど、素朴な感じがとても良く、かわいかった。

北へ北へ行くと弟子屈に着き、T字路を左へ241号を西へ行く。

小一時間走ったくらいで、ようやく目的地の阿寒湖へ。
キャンプ場で探すこと10分。

ヨンパイ(南川さん)を見つけ、さっそく風呂に入りに行く。
温泉に入ろうとしたが結構遠いらしく、その辺のホテルで入る事にする。(俺の独断で)
無料でゆっくり風呂に入れてよかった。

風呂から出るとサイフがない!

さっきもグローブを落としたし・・・
もしかしたら盗まれたのかと思いながらもテントへ。
無事テントの中にあった。
このそそっかしさを早く直さなければな・・・

そしてすぐに飯の支度。
飯は味噌ラーメン。
食後はヨンパイのおごりで、またアツカンをサケ缶とカツオ缶でキューっといく。(ヨンパイのおごり)
その後いろいろくっちゃべって、テントに入りしばらくしてから寝る。


(出費)
 食費 844円
 キャンプ場代 400円
 ガソリン代 1361円

(残金)
 49396円→46791円

(総距離)
 7381.9km

(走行距離)
 403.5km

(燃費)
 39.25km/L


(行き先)
 開陽台→根室→納沙布岬→霧多布岬→琵琶瀬展望台→釧路湿原→サルボ展望台→阿寒湖


<コメント>
昨日の記事にも書いたけど、朝の開陽台の眺めもサイコーだった。

またこの日も南川さんとは同行。
ただし彼は原付だったので、移動速度が合わず、昼間は別行動。
開陽台から阿寒湖は比較的近いが、この日の走行距離は400kmくらい。
また北海道の最東端の納沙布岬へ行った。
さすがに流氷は見れなかった。

阿寒湖では勝手にホテルの温泉を拝借。
汚い格好の二人が入って行くのを、ホテルの人がじっと眺めていたのを覚えている。
バレバレだったが、ちゃんとタダで入ってきた。

サイフ紛失事件は、見つかってよかった。
生きた心地がしなかった。
無くなっていたら、どうやって家に帰るんだってね。
その後持ち金を分割して、持ち歩くことにした。

食事はいつもラーメンだ。
もちろんインスタント。
かなりの貧乏旅行です。
ちなみにこの日は全ての出費で2605円なり。

8月6日(金) 晴れ

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

今朝は目覚めた時から快晴。
とても気持ちがいい。(6:20)
朝食は塩ラーメン。

食後、富田林市の彼のところへ行き、ホクレンの地図をあげ、少し話した後出発。

まず市内の天都山へ登り、その後能取岬へと向かう。
この岬はごっつぅきれいだった。

岬を出て、244号を東へ知床へと向かう。
334号へと乗りかえ、しばらく走ると対向の車とバイクがパッシング。

ネズミ捕りの知らせにスピードダウン。

しばらく走っているとやっていた。
今度は捕まらずに済んだ。

なんだかんだいって知床自然センターという所に着く。
熊におびえながら奥に入っていくと、見晴らしのいい所に出た。

そこに一人の男性が居たので、話しかけると瀬戸出身の中部大の3年生だそうだ。
CORONAで来た彼は、こっちで友人と待ち合わせをしているとの事だった。
2人でそこらを周った後、レストランで飯を食う。

1300円のイクラ丼を食った。
無理をした。
後に響く出費だ。
でもうまかった。

その後彼に別れを告げ、駐車場を出ると再び富田林市の彼がそこに。
でもって2人で知床五湖へ行く。
どの湖も景色は良かった。

知床を出て335号、224号と南へ。
途中でガスを入れたときに、彼が先に行ってしまいはぐれる。

しかししばらく南に走っていくと、再び会う。

そこでもうそろそろキャンプ場へ行かへんかという事で探すと開陽台キャンプ場がいいという事で決定。
行く途中で、千葉の浦安から来た19歳の料理専門学生と会い、一緒に行く。

開陽台に着くと、絶景に感動した。

360°のパノラマ・・・360°に緑の水平線が見える。


そのほぼ頂上にキャンプ地を決め、テントを張る。
近くに温泉があるということで行ってみると、1800円もする。
やめた。
戻って飯を作る。
今日はわさび茶漬け。
食後、日本酒をさんまの缶詰で飲む。
寒いのでまた早く寝る。(9:00)


(出費)
 食費 2270円
 ガソリン 771円

(残金)
 52437円→49396円

(総距離)
 6978.4km

(走行距離)
 251.0km

(燃費)
 39.36km/L

(行き先)
網走湖→天都山→能取岬→知床自然センター→知床五湖→開陽台


<コメント>
能取岬の景色もきれいだったが、知床の景色もきれいだった。
だが開陽台の景色は格別だった。
360°のパノラマの絶景。
この後北海道に行った時にも行ってしまった。
周りには何もないけど、その景色だけで十分に行く価値はあると思う。

この日も愛知の人と会った。
結構愛知の人も来ているんだなと。

食事は相変わらず質素。
だがこの日の昼だけは、"CORONA"の人と同行で、無理をした。
って言っても1800円なんだけどね。

夜は3人で酒盛り。
その内容が書いていない所が残念だ。

開陽台の鐘、知ってますか?牛、知っていますか?
何年か前に行った時は、子牛が居なかったような・・・

ブログに初写真を掲載します。
開陽台の写真です。
かっこつけてます。

スキャナがないので、写真をデジカメで撮ったのでちょっと見にくいですが・・・
hokkaido
8月5日(木) 曇り時々晴れ

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

5時起床。
今日も寒い。
昨日に比べればまだましか。

起きてすぐに飯の準備。
今日の朝食はソーセージ入りしょうゆラーメン。
食い終わると少し眠気が。

気がつくと7時半過ぎに・・・
再び起きて出発の準備。
それが終わると大きいほうをしに、岬の展望台へ。

昨日キャンプ場で知り合った東京から来た兄ちゃんに別れを言い、いざ出発。
目指すは層雲峡。

238号から273号へと行き、昼ごろに到着。
ロープウェイに乗り、黒岳を登る。
そこで初めて自分の時計が一時間狂っていることに気づく。
ロープウェイ代も馬鹿にならん。
1890円の出費をしてしまった。

次に目指すはどこにしよう。
またとにかく273号から39号に乗り換え、北見の方に行こう。

39号を走っていると、途中に北キツネ牧場などというものがある。
寄るとしよう。
そこでキツネは見に行かなかったが、メロンアイスクリームを食う。
するとそこには群馬県出身、東京在住の千葉商科大学3年生の21才のSRXに乗った人に話しかける。
2,30分話し、ジャガイモの揚げたものを半分もらい食った。

なんでも陸づたいに1日で東京から青森まで来たとか。
すごいなあと感心してしまった。
なんだかんだしゃべった後、別れる。


その後である、俺がネズミ捕りに捕まったのは!


前の車を追い越したその時である。
目の前に"止まれ"の旗が・・・
アーやられたと観念し、ワゴン車の中へ。

19kmオーバー、減点1、罰金9千円。
ひじょーにきびしー。
悔やんでもしょうがない。
ポリスマンに挨拶して、いざ出発。

なんだかんだ走ると北見市内に。
サロマ湖に行っても良かったが、ネズミ捕りなどがたくさんいるとの事だったし、行くには少し戻らなければならなかったので、まあいいか。

北見市内のコンビニで休憩し、ガソリンを入れて網走へ。

市内ではまずカメラの三脚を買う。
Uターンして網走刑務所へ。

その前にあるカニ屋のおばあちゃんはものすごく優しかった。
ストーブにあたらせてくれて、アメをもらって、地図もくれた・
おばあちゃんどーもありがとう。

その後だいぶ寒くなってきたし、また少し戻って網走湖でテントを張る。

そこで知り合った大阪出身の桃山学院大4年生の人と30分近く色々しゃべる。
DJ50(原付)で来た彼は、なんでも22日に公務員試験があるそうだ。

彼が飯を作りにテントに戻ったので、自分もそうすることにした。

今日は出費がかさんだし、ご飯にフリカケだけですます。
あと紅茶を沸かしてと・・・(9時就寝)


(出費)
 ロープウェイ代 1890円
 食費、その他 578円
 三脚 3069円
 ガソリン代 785円

(残金)
 58759円→52437円

(総距離)
 6727.4km

(走行距離)
 291.1km

(燃費)
 39.00km


(行き先)
 日の出岬→層雲峡→北見→網走刑務所→網走湖



<コメント>
北海道でまさか警察に捕まるとは・・・
これを機に(?)僕は各所で捕まることになる。
広島の平和公園や千葉のディズニーランド周辺など・・・

そういえば思い出したことが・・・
この当時持っていたコンロはホワイトガソリン用。
でも燃料を持っていくのが面倒なので、いつもバイクのタンクからガソリン抜いて使っていたんだ。
コンロには規格外の燃料なのですが、ばっちり使えるんですよ。
バイクで北海道に行く人は参考にしてください。
ただし自己責任でお願いします。

ちなみに水はペットボトルを3本持って、公園などで補給してました。
それでテント生活。
超節約旅行です。

参考までに・・・
北海道はこの年は冷夏ってこともあったけど、寒かったです。
ツーリング等で行く人は長袖、シュラフは必需品です。
昼は良くても、夜はやっぱり寒いです。

あと何もないところから市街地に入る国道はネズミ捕りが多いので、要注意を。
現地での情報交換は大事だと痛感しました。
8月4日(水) 曇り(霧)

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

5時起床。霧がすごい。

昨日買ったインスタントラーメンのみそ味を朝食として食う。
食後テントを片付け、荷物を整理し、いざ出発。(7時ごろ)
キャンプ場の一番手はもらったとばかりに飛び出す。

やはり寒い、ものすご~く寒い

どのくらいかというと・・・ウーン例えられん。

40号線に沿って北へ北へと向かう。
2,3度休憩をとりながら、サロベツ原野に着く。

見晴らしのいい丘を見つけたので、そのふもとで休憩をとったあと、丘に登ろうとした瞬間立ちゴケをしてしまった。
その時、右手親指の付け根をハンドルと大地の間でプレス!
ものすごー痛かった。

丘に登って写真を撮り、いざ出発。
しばらく走っていくと、水のボトルが一つない。

どうやら丘で落としてきたようだ。
それを探しにまた戻る。

思ったとおり丘にはそれがあった。
一安心してその丘を下ったその時である。

クラッシュ!

転倒し、俺は大地に放り出された。
俺は自ら少し飛んだせいもあって、ひざを少し打った程度。
バイクはどんな感じと見たら、さんざん・・・

ハンドルの風よけは折れて取れてしまい、荷止めの先端も折れて取れて、ハンドルは曲がり、ウインカーはなお一層砕けた。
なんとかそれらを応急処置し、また走ろうと思ったらエンジンがかからない。

でもそれはキルスイッチのせいだった。
無事バイクは走る。助かったと思った。
原野に一人取り残されたと思うとゾッとする。

次に目指すは稚内。

あまり見るものもなく、納沙布岬で記念撮影。
昼飯をそこで食って、いざ宗谷岬へ!

宗谷岬も同じ感じで、違うのはトイレに行ったことと土産を買ったことかな?
あと福岡から来た20才の子と話をしたことか。

20分くらい話をして別れた後、土産を買いに行く。
バイトに2つ、家、隆の家(親戚)、学校の連れの分を買い、宅急便で送ってもらうことにした。
メッセージも添えて・・・

土産も買い終えて、238号線を南下する。
途中にクッチャロ湖があったが、見る程度で去る。

また南下し、スーパーがあったので、今夜の食料を買う。
店を出ると二人の野郎が休んでいた。

その二人と話をし、情報を得る。
二人は岩手出身の専修大生と、某大生(不明)の共に20才だった。
また20分くらい話をし、またまた南に向かう。

途中でガソリンを入れ、キャンプ場について聞き、そこへ向かう。

今日の寝ぐらは日の出岬にある、日の出キャンプ場。

そこでテントを張り、飯のまわし(名古屋弁で準備のこと)をしていると近くのテントのあばあちゃんが

「トン汁どう?」

と言ってくれたので、いただいた。

器を返しに行くと、

「もう一杯どう?」

と言われたので、

「じゃ遠慮なく。」

ともう一杯もらい、ついでに大きいおにぎりまでもらった。

それを食って、しばらくしてから自分で作った飯を食って・・・
もうた・ら・ふ・く食ったって感じ。

それからすぐに寝る。
まだ日は暮れていないようだが・・・(7時ごろ)

(出費)
 食費、その他 1230円
 ガソリン代  1203円
 土産代    5550円
 キャンプ場代  400円

(残金)
 67242円→58759円

(総距離)
 6436.3km

(走行距離)
 352.7km

(燃費)
 39.00km/L

(行き先)
 美深→サロベツ原野→納沙布岬→宗谷岬→クッチャロ湖→日の出岬



<コメント> 
それにしてもマメに色々書いていたもんだ。

この日おばあちゃんに初めて食事をごちそうになる。
これ以降色んな人にごちそうになったりと・・・
とにかくいろんな人と出会い、楽しい旅の始まりだった。

それにしても宗谷岬は最北端ってだけで、大したもんがなかったような・・・
とりあえず各所で写真は撮ったけどね。

サロベツ原野付近は地平線が見えるくらい道がまっすぐで何もなかった。
景色は良かった。
北海道行く人はこの辺は、ヘリコプターでスピード違反を捕まえているらしいです。
要注意。
8月3日(火) 曇りのち快晴

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

3時起床(朝)
出発(4時)に向けて準備をする。
上陸後すぐにフェリーをバックに記念撮影。
その後すぐに富良野に向けて出発。

出発時、例のオレンジのスタジャン(大学のJ科の連れで作ったスタジャン)を着て走るが、あまりの寒さにMA-1に着替える。
それでも寒さは止まらない。
足がガクガクしてどうしようもなく、ローソンでコーヒー、おにぎり、ハンバーガーを買う。

寒さをこらえて富良野に向かうと天気がえらく(名古屋弁でとても)良くなってきた。

富良野に着き、ラベンダー畑で写真を撮り、みやげを買う。
そこで知り合った”多摩”ナンバーのBAJA(バイクの名前です)に乗った28才の人と共に”北の国から”のロケ現場に行く。

途中道に迷ったが、なんとか到着。
まあこんなものかというものであったが、ちゃっかり写真におさめた。

その後近くの展望台に行くと、名古屋から来たという俺と同じSX200に乗った人が居た。
なんとその人もモトハーバー(店の名前)で買ったという事が判明。
世間は狭いと思った。

その時である。

8月2日(月) 晴れ時々曇り

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

12時起床。
甲板(実際の日記には”看板”って書いてあった)で日光浴をした後また眠る。
4時頃また起き、船内をぶらつく。
カップルに写真を撮ってもらう。

7時50分、夕食をレストランで食う。
ポークカツ、ライス、みそ汁とちょっと質素な食事だった。

その後ビデオを見たりして、消灯時間がきてしまい眠りにつく。


(出費)
 食費、その他 1952円

(残金)
 74975円→73023円

(走行なし)

(概略ルート)


より大きな地図で 8月2日の走行(?)ルート を表示


<コメント>
なかなか北海道に着かない。
こんなに時間がかかってたんだなあと実感。
今日初めて当時の写真を見てみた。
当時はやせていて、日焼けしていて今は・・・
当時、初パーマをかけてみたけど、失敗だったので北海道から帰ってすぐに髪を切った覚えが・・・
その後パーマはかけていない。


【4日目】
8月1日(日) 曇り一時雨

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

11時起床。
昨日買ったUFOを昼食として食う。
その後近くのカラオケで2時間歌った(友達と二人でね)後、舞鶴に向かい3時半に出発する。

途中亀岡市のセブンイレブンで買い物をし、道を聞く。
その前でスタンドでガソリンを入れた。
7月31日(土) 曇り時々雨のち晴れ

(良ければ【はじめに】から読んで下さい。)

5時起床。
少し雨がぱらついているが、吉永の家(京都)に向けてカッパを着て出発する。
所持金9万円、走行距離5343.9kmからのスタートだ。

11時半に吉永の家に着く。
奴が会社に行っていたので、ローソンに飯を買いに行って、その後パチンコに行ったら13,000円もすった。
奴が帰ってきたので、京都市内のスーパーの地下へお好み焼きを食べに行く。
この話は1993年に北海道一周をした時に実際に僕が体験し、出会った人について書いてあり、登場人物は実在します。
その方には失礼かもしれませんが、名前は記入させていただいてあります。
その人は僕に会った事は忘れてしまっているかもしれませんが、僕にとっては大切な思い出であり、出会った人への感謝の意味も込めています。
もしこのブログによって、その人が僕を思い出してくれることがあればうれしいことです。
この旅によって得られたものも多く、また記憶にいっそうとどめる為に・・・


・・・当時の僕・・・


Template by サッカーが好きなお父さん
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。